プロ野球

立岡宗一郎のグローブのメーカーは?怪我明けからの覚醒の理由も

この記事を読むのに必要な時間は約 3 分です。

読売ジャイアンツの立岡宗一郎選手はなかなかレギュラーになれない期間が続いていますが、徐々に力をつけて指揮陣にアピールできつつあります。

年齢も30近くなってきているのでそろそろ実力が開花しそうな予感がしますよね。

1軍として躍進する日を待ち望んで応援しています!

立岡宗一郎選手は走攻守3拍子揃っていることで有名ですが、中でも守備は一級品です。

卓越した守備能力を持つ選手が使うグローブって気になりますよね。

本記事では、立岡宗一郎選手のグローブや覚醒の理由について掘り下げていきたいと思います!

立岡宗一郎のプロフィール

https://twitter.com/yg__m6/status/1114515714734313473

基本情報

名前 立岡宗一郎(たておかそういちろう)
生年月日 1990年5月18日
出身地 熊本県田浦町(現:葦北町)
出身校 鎮西高校
身長 181㎝
体重 82㎏
投打 右投げ左打ち
ポジション 外野手、セカンド
背番号 7→68→58→39
プロ入り 2008年ドラフト会議 福岡ソフトバンクホークス2位指名

立岡宗一郎選手は外野手とセカンドがポジションとなっていますが、巨人では外野手として登録されています。

巨人ではかなり激戦区のポジションですが、頑張ってレギュラー取ってほしいですね。

プロ入りまでの経歴

立岡宗一郎選手は中学時代は軟式野球部に所属し、投手を務めていました。

中学生にして130キロをマークしており、熊本県優勝、九州大会では準優勝を果たしています。

高校へ進学した際には、西武ライオンズなどで活躍した松井稼頭央氏に憧れて、野手転向を志します。

1年春からベンチ入りを果たすと、3年生の時にはキャプテンを務めました。

残念ながら甲子園出場経験は果たせませんでしたが、高校3年時には、プレースタイルは50メートル走5.9秒、高校通算28本塁打、遠投110メートルといったハイスペックな実力を発揮し、まるで松井稼頭央氏のような選手となりました。

ソフトバンクに外野手として2位指名を受けましたが、入団前にはショートへの転向を志願するなどこだわりを見せています。

プロ入り後の主な活躍

2009年から2012年の途中までソフトバンクで過ごしましたが、交換トレードにより巨人へ移籍しました。

元々右打ちだったのですが、左肘の靭帯を損傷したことがきっかけで左打ちに転向します。

1軍の試合に出場する機会はそこまで多くなく、一番多いシーズンは2015年で91試合でした。

この年は打率3割を超えるような打撃センスを見せアピールは十分できたと思います。

まだ打撃タイトルや表彰を受けた経験はありませんが、漸進的に成績を伸ばしてきているので、チャンスはまだまだありますね。

立岡宗一郎のグローブ

立岡宗一郎選手は守備が非常に上手くてグラブさばきは職人そのものです。

そんな守備職人のグローブのメーカーはどこなのでしょうか?

巨人に移籍してからは外野手として起用されることが多いので、外野手用のグローブを使用していました。

調べてみたところ、明らかになっているもので3種類のグローブを使用しています。

2016年に使用していたグローブはこちら。


引用元:https://www.facebook.com/slugger.fukuoka/

2017年に使用していたグローブは二つです。


引用元:https://www.facebook.com/slugger.fukuoka/


引用元:https://www.facebook.com/slugger.fukuoka/

どのグローブも暖色系の色を使っていますね。

ちょっと派手目な色が好みなのかもしれませんね。

外野手として利用していたグローブのメーカーは、スラッガーミズノであることが分かります。

どちらも人気メーカーですよね。

ちなみに内野手として使用していたグローブはこちらです。


引用元:https://www.facebook.com/slugger.fukuoka/

こちらは2017年に使用していたようです。

やはり少し派手な感じがしますね(笑)。

スラッガーは内野手の守備職人が使っているイメージがありますが、元々内野手だった立岡宗一郎選手はスラッガーが手に一番馴染んでいるのでしょう。

見た目もかっこよくて、機能性も優れているので、個人的にはスラッガーはかなりオススメです。

草野球でも使い勝手は最高なので、ぜひ使ってみてください。

怪我からの復帰で覚醒した理由

https://twitter.com/00000mii1/status/1112682099989897216

立岡宗一郎選手は巨人に移籍した直後の2012年にイースタンリーグで守備で味方と交錯し、左肘靭帯断裂の故障をしてしまいました。

この怪我が原因でバットを振れなくなり、左打ちに転向するという一大決心をします。

一見不幸な出来事が起こって、今後の野球選手としての生命が危ぶまれる状態にように思えましたが、なぜか左打ちに転向してからのほうが成績が上昇してきたのです。

なぜ怪我をしてからのほうが成績が向上したのでしょうか?

この理由は二つあると思っていて、

  • 怪我で窮地に追い込まれたことによるハングリー精神の強化
  • 原監督がチャンスを与え続けたこと

があります。

普通の考えだと怪我をすると、落ち込んで再起が困難になりがちですが、逆境を肥やしにして成長の糧にしてしまうところはさすがプロといった感じです。

また、自身の努力だけではどうにもならないことがありますが、選手を使う側の采配も大きく影響してきます。

幸いにも巨人の監督は球界屈指の名将であった原辰徳監督でした。

原辰徳監督は選手の知名度は度外視して、実力があれば無条件使うといったスタイルです。

主観に振り回されず、公平な目で立岡宗一郎選手を見ていたからこそ、多くのチャンスをもらえたのでしょう。

そしてそのチャンスをものにできた立岡宗一郎選手は今後も活躍も期待される格好となりました。

まとめ

  • 立岡宗一郎はソフトバンクでプロ入りを果たし、トレードで巨人に移籍した
  • グローブのお気に入りメーカーはスラッガー
  • 怪我から復帰できたのはハングリー精神強化と多くのチャンスが与えられたから

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