プロ野球

斎藤佑樹がなぜダメになったか全盛期から現在までの成績や変化から考察分析!

北海道日本ハムファイターズの斎藤佑樹選手も30歳となり、プロ人生存続が危ぶまれてきました。

そんな崖っぷちにいるような状態でも春季キャンプでは見事に1軍入りを果たしました。

周囲の心無い発言も多い中でも1軍入りを果たせるほどの結果を残せたのは、さすがのメンタリティですね!

しかし、まだまだ完全復活したとは言い切れません。

世間では斎藤佑樹選手に対して「プロに入ってからは全然ダメ」といったコメントがツイッター上でも散見されます。

確かに高校・大学時代の輝かしいあの姿はどこに行ったんだと思うような変貌ぶりです。

本記事では、斎藤佑樹選手の全盛期はいつだったのか、なぜ調子を狂わせてしまったのかについて深掘りしていきます。

斎藤佑樹の全盛期はいつか?高校・大学・プロ成績

まずは、高校時代から現在までの成績について振り返ります。数字を見て、どこで調子を狂わせてしまったのか見ていきましょう。

高校時代の成績

高校時代は1年からベンチ入りを果たし、2年夏からはエースナンバーを背負うようになりました。

高校野球の成績を表やグラフで表すのは難しいですが、参考になる成績とすれば、3年の夏の甲子園の時ですかね。

高校3年夏の甲子園大会では、投球回69回、投球数948球を投げました。

一大会でこれだけの記録を樹立したのは史上初です。

また、奪三振は78個で板東英二氏の83個に次いで歴代2位となっています。

たくさんの投球ができるということは単純にスタミナがあるだけでなく、勝ち進める実力もあるということです。

この当時、誰が見ても全国ナンバーワンピッチャーであったことは間違いありませんね。

大学時代の成績

大学時代の活躍も輝かしいものでした。

大学4年間を通じて、通算30勝300奪三振を記録し、この記録は東京六大学史上6人目となる快挙を成し遂げました。

ちなみにリーグ通算の成績は以下のようになります。

登板 61試合
勝利 31
敗戦 15
防御率 1.77
奪三振 323
ベストナイン 2度

敗戦が15回もあったのは意外でした。大学時代は負けなしのイメージが強かったので。

しかし、投手のスキルは勝利数や敗戦数で見るのはお門違いだとする意見もあります。

投手の実力を測るには『防御率』を見るべきだと言われています。

斎藤選手の大学時代の防御率は1.77。かなり低い数値におさえられ、優秀だと言える成績でしょう。

その証拠にベストナインを2回も受賞しています。

成績を見る限り、大学時代もまだ衰えてはいなかったようです。

プロでの成績

プロでの成績は綺麗にまとめてくれていますので、分析に必要そうな項目だけ引っ張ってきました。

年度 登板 勝利 敗戦 奪三振 防御率
2011 19 6 6 62 2.69
2012 19 5 8 59 3.98
2013 1 0 1 1 13.50
2014 6 2 1 20 4.85
2015 12 1 3 24 5.74
2016 11 0 1 14 4.56
2017 6 1 3 14 6.25
2018 3 0 1 3 7.27
通算 77 15 24 197 4.32

1年目を見てみると、まあまあ。高卒でこの成績を残せればグッジョブですが、大卒だと即戦力として期待されいているので若干の期待外れ感はありますが、防御率を見てもそこそこの成績を残せていると思います。

奪三振の数も多いのでどちらかと言えば順調の走り出しをしたと考えられます。

2年目も若干、成績が落ちていますが許容範囲内でしょう。

3年目はというと、、、、ん!?

登板が1試合だけ!?

実は2年目の夏ごろから肩に違和感を抱き始めていましたが、登板を続けたため、痛みが悪化したのです。

2年目シーズン終わりには実が肩の『関節唇損傷』という診断を受け、治療に専念しました。

プロでここから活躍しようという時に悲劇が起こってしまいます。おそらくこの右肩のケガが無ければ、順調に成績を伸ばしていけたかもしれません。

斎藤佑樹の投球フォーム変遷

斎藤選手がプロで活躍できなかったのもプロ2年目シーズン終わりのケガが原因である可能性が非常に高いことが分かりました。

この右肩痛によって投球フォームも乱れてしまったという声もあります。

どのように投球フォームが変わっていったのか見ていきましょう。

高校時代の投球フォーム

高校時代の投球フォームです。

綺麗な投球フォームをしていますよね。

いずれ日ハムで同じユニフォームに袖を通す中田翔選手に対して、内角へ強気で攻め込むこともできています。

自信に満ち溢れたピッチングと言えるでしょう。ポーカーフェイスな所もピッチャーに向いています。

大学時代の投球フォーム

早稲田大学時代の投球フォームです。

投球フォームには大きな違いはありませんが、緩急をうまく使いこなし、高校時代のガツガツした投球スタイルから技巧派に変わっている感じがします。

要所で力で押すストレートを使う傾向がありますね。

プロ入団当初の投球フォーム

ん?なんか、投球フォームがぎこちなくなっているような。

個人的には右肩痛のせいで投球フォームが崩れたと思っていたのですが、改めて映像を見てみると、プロ1年目から投球フォームに違和感が生じてました。

下半身の力を伝えられていないような投球フォームですね。

手投げのような状態になったことで、右肩のケガを引き起こしてしまったのかもしれません。

プロ右肩痛後の投球フォーム

全体的に力を込められておらず、制球力も定まっていないような感じですね。

この辺りから目も当てられないようなピッチングになってしまいました。

結局何が原因で成績不振になった?

結論から言うと、斎藤選手が成績不振になった理由は右肩痛を引き起こした投球フォームによるものだと考えられます。

微妙な差かもしれませんが、高校時代は全身を使って投げていましたが、大学時代には緩急を多く使い分けていたので無意識にセーブして投げるようになったことで、手投げ気味のフォームができてしまったと推察します。

それでも僅かな差なので、近くにいる人間も気づかなかったのでしょう。

成績不振でプロ9年目を迎えるようになった斎藤佑樹選手。

春キャンプでは1軍をつかみ取りました。

初登板の様子は球団の公式チャンネルで公開されています。

コメントには「めっちゃ良くなっとるやん」と斎藤選手の復活ぶりをたたえる意見もありました。

確かに動画を見ていて、力を込めて投げられている様子が伝わってきます。

球威はまだ弱いように思えますが、単純に年齢も関係しているのかもしれません。

投球フォームは確実に良くなっていますね。

まとめ

  • 斎藤佑樹はプロ3年目から成績が不振に陥った
  • 投球フォームはプロ1年目から崩れていた
  • 大学時代の投球スタイルで投球フォームを崩した可能性高い

ということが判明しました。

今年の斎藤選手の活躍には期待ができそうですね。

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最後まで読んでくださりありがとうございました。

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