読売ジャイアンツは若手選手が注目される中、ベテラン選手も奮闘しています。
中島宏之選手もその一人でオリックスから移籍してきて、レギュラー目指して頑張っています。
あまり目立ちませんが、中島宏之選手はメジャーに挑戦していたことはご存知だったでしょうか。
しかし、メジャーではあまり良い成績は残せませんでした。
本記事では、中島宏之選手がメジャーで通用しなかった理由について掘り下げていきたいと思います!
中島宏之のプロフィール
西武の時よりナカジが大分でかくなった気が… #中島宏之 pic.twitter.com/30T0BsbhE3
— T.IWAMA0609 (@mr3nagashima) April 4, 2019
基本情報
名前 | 中島宏之(なかじまひろゆき)(本名は中島裕之) |
生年月日 | 1982年7月31日 |
出身地 | 兵庫県伊丹市 |
出身校 | 兵庫県立伊丹北高校 |
身長 | 180㎝ |
体重 | 90㎏ |
投打 | 右投げ右打ち |
ポジション | 内野手 |
背番号 | 56→3→1→5 |
プロ入り | 2000年ドラフト会議 西武ライオンズ5位指名 |
2015年はNPBでの登録名は「中島裕之」と本名を使用していましたが、2016年からは「中島宏之」と変更しています。
読みやすい漢字のほうが親しみも持ちやすく、覚えてもらいやすいといった狙いがあるのかもしれませんね。
プロ入りまでの経歴
中島宏之選手は小学生の時の野球を始め、投手として全国大会にも出場しています。
中学時代は宝塚シニアに在籍し、硬式野球を始めます。
高校は県外からのスカウトがありながらも、県立の野球では無名の伊丹北高校に進学します。
理由は強豪で有名の報徳学園高高校を受験しましたが不合格になったからです。
高校時代は1年生の時からレギュラーをつかみ取り、ポジションはライトでした。
2年夏には1番打者として打線を引っ張るようになると、3年夏には1番投手として活躍s瑠うようになります。
甲子園出場の経験はありませんでしたが、高校通算43本塁打を放ち、西武ライオンズのスカウトの目に留まる活躍を果たしました。
プロ入り後の主な活躍
2002年から2012年まで西武ライオンズでプレーし、3年目の2004年からレギュラーに定着すると、この年の試合出場数はリーグトップとなりました。
西武時代には最高出塁率を2回、最多安打を1回獲得し、ベストナイン4回、ゴールデングラブ賞も3回受賞しています。
輝かしい成績をおさめた後、中島宏之選手はメジャーへ挑戦し2013年から2014年はマイナー生活を過ごし、再び日本球界へ戻ってきました。
2015年から2018年まではオリックスでプレーし、2019年からは巨人でプレーします。
ベテランの域にいる中島宏之選手ですがまだまだ衰えを見せていないので、今後の活躍に期待がかけられています。
中島宏之のメジャー生活
中島宏之「メジャーで中途半端に出てね、ヒット1本ぐらい打って、日米通算って言われても嫌やし」 https://t.co/5o5rBbnQI1 pic.twitter.com/Vi77KqlpPz
— プロメジャN|プロ野球×メジャーリーグNEWS (@npb_mlb_net) March 27, 2019
中島宏之選手がメジャーではなかなか活躍することができませんでした。
アスレチックス琉と契約を結ぶものの、初めのスプリングトレーニングで無安打が続き、切羽詰まっていたと思います。
緊張感も高まり、9試合ぶりにヒットを放った直後に左太もも裏を痛めてしまいます。
メジャー1年目から故障者リストに入ってしまい、マイナー生活を過ごしました。
マイナーでは打率.283、4本塁打というそこそこの成績を残すものの、メジャーへの壁は高く、昇格できませんでした、
翌年も結局、思うような活躍ができなくて、メジャー昇格は実現できませんでした。
FAでメジャーに挑戦したものの、1度もメジャーの舞台でプレーすることができなかったため、FA選手ランキングでは全165人中165位にランクされるほど酷な評価を受けました。
アスレチックスのGMは「大失敗だった。大金を積めばいい選手が獲れるという考えは、やはり浅はかだったということが図らずも証明された」といったコメントも残しています。
関係者によると、「多少期待外れでもナカジマをメジャーに昇格させるつもりだったが、あまりに酷すぎて使い物にならず、結局目をつぶることができなくなった」と語っています。
成績が芳しくなくても、多少目をつぶって起用する予定でしたが、それでも試合に出すことはできないほどだったみたいですね。
悔しい経験をした中島宏之選手ですが日本球界で屈辱を晴らしてほしいですね!
メジャーで通用しなかった理由
結局、メジャーで通用しなかった主な原因としては、移籍直後の怪我が大きく影響しているのではないでしょうか。
しかし、怪我から復帰した後も成績が残せなかったので、単純にメジャーで通用するような実力が備わっていなかったとも考えられますね。
怪我をする前のスプリングトレーニングでも無安打が続いていたことから、メジャーの球に適応できていなかったことが分かります。
さらにショートとして17試合中、4失策を喫してしまうなど守備での精彩を欠きました。
出塁率と長打率を足し合わせたOPSもメジャーでは大きな指標になりますが、中島宏之選手は大きく下回っていました。
メジャーから日本球界に復帰した後もそこそこの成績を残せているので怪我の影響で活躍できなかったとは考えにくいですね。
メジャーのレベルは中島宏之選手には高かったという現実を突きつけられた結果となりました。
まとめ
- 中島宏之の本名は中島裕之で読み方は同じ
- メジャーではマイナー生活を2年過ごした
- メジャーで活躍できなかったのは適応できなかったことが原因
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最後まで読んでくださりありがとうございました。
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