炭谷銀仁朗のいとこは法政大学のスラッガー松田憲之朗はどんな選手?

炭谷銀仁朗選手には野球界隈では有名ないとこがいます。

こちらではそんな炭谷銀仁朗選手のいとこについて掘り下げていこうと思います。

スポンサーリンク

炭谷銀仁朗のいとこは法政大学のスラッガー?

炭谷銀仁朗選手のいとこは法政大学の野球部に所属しているとのことでした。

2020年現在では大学2年生。

プロ野球選手のいとこが大学野球をやっているとは、完全なる野球一家ですよね。

さらに調べてみると、炭谷銀仁朗選手のいとこは「松田憲之朗(まつだけんしろう)」という名前であることが分かりました。

高校野球ファンならこの名前に聞き覚えがあるのではないでしょうか。

松田憲之朗選手がどんな選手なのか掘り下げていきます。

スポンサーリンク

松田憲之朗のプロフィール

名前 松田憲之朗(まつだけんしろう)
生年月日 2000年5月1日
出身地 京都府
身長 181cm
体重 85kg
経歴 醍醐OUクラブ→京都洛北ボーイズ→龍谷大平安→法政大学
ポジション ショート
学部 キャリアデザイン学部
趣味 音楽鑑賞
血液型 A型

松田憲之朗選手は小学1年生の時に醍醐OUクラブで少年野球を始めます。

小学1年生から野球を始めるなんてだいぶ早い時期にはじめましたね。

中学ではボーイズリーグで野球をしていることから、この時に硬式へ転向したのがうかがえます。

当時はショートだけでなく、キャッチャーも務めていました。

そして、高校はかの有名な龍谷大平安へ進学。

1年秋からはサードでレギュラーをつかみ取り、2年秋からキャプテンとしてチームを引っ張りながら、4番ショートを務めました。

高校通算本塁打はなんと58本。

パワーが売りの選手ですが、俊敏性も兼ね備えており、50mは6.4秒で走ります。

さらに遠投は100mという記録も持っており、走攻守揃ったハイスペックプレイヤーです。

こんなにすごい選手なら高校を卒業した後にプロから声がかかっても不思議ではないですよね。

しかも松田憲之朗選手が高校3年生の時は甲子園に出場していましたから十分にプロ入りできるチャンスはあったはず。

それでも、大学野球を余儀なくされたのは、周りの選手がすごすぎたからという理由が挙げられます。

同年代には日本中をわかせた選手がわんさかいました。

吉田輝星、根尾昂、藤原恭大、小園海斗などなど。

この世代は高校、大学ともに豊作の年でもあったため、松田憲之朗選手に声がかからなかったと思われます。

野球にタラレバはありませんが、もし1年でも早く生まれていたら高卒でプロの世界へ足を踏み入れていたかもしれませんね。

こればかりは運命のいたずらなので悔やんでも仕方ありません。

大学野球で松田選手の勇姿が見られると思えば、楽しみがまた一つ増えたと考えたほうが前向きです。

大卒後はほぼ確実にプロへ進むので、今のうちから要チェックです!

スポンサーリンク

松田憲之朗と炭谷銀仁朗の接点は?

松田憲之朗選手と炭谷銀仁朗選手はいとこ同士ということでそこまで遠くもない親戚です。

ですので、二人の接点があっても不思議ではありません。

正月とかお盆とか親戚で集まって話していると思うと、激アツですよね。

ですが、そういうった接点については公表されていません。

松田憲之朗選手と炭谷銀仁朗選手は13歳も離れているのでジェネレーションギャップもありそうですよね。

また、松田憲之朗選手には8歳年上の兄がいて「松田龍篤」さんと言います。

松田龍篤さんも弟の憲之朗選手と同じく、龍谷大平安で主将を務めていました。

兄弟揃って強豪校のキャプテンを務めるなんて、野球の神様がひいきしているようにしか思えないですよね笑

あまり炭谷銀仁朗選手との接点は見つかりませんが、炭谷銀仁朗選手も龍谷大平安の野球部でした。

もう、この血筋は野球と龍谷大平安に愛されている家系としか思えませんw

まとめ

  • 炭谷銀仁朗のいとこは法政大学のスラッガーで松田憲之朗
  • 松田憲之朗は龍谷大平安出身で主将、4番ショートだった
  • 8歳年上の兄も炭谷銀仁朗も龍谷大平安高校の出身

    炭谷銀仁朗選手の親戚にプロ注目選手がいるとは激熱ですよね。

    今後の動向からも目が離せません!




    関連記事はこちら!